皆さん、こんにちは!てつやです。
最近、読書の合間にふと立ち止まって考えることが増えました。AIとの対話が日常に馴染んでくるほど、逆に「答えの出ない問い」への向き合い方が気になるようになったからかもしれません。
そんなとき、大愚元勝和尚の著書『今こそ、あきらめ』(朝日新聞出版)を読みました。
便利さより、”自分に合うか”で選ぶという発想

和尚は、こんな話をしています。
同級生が立ち上げたメッセージアプリ「Chatwork」を、今でも愛用しているというのです。理由はシンプルで、余計な機能がなく、絵文字に頼らず言葉で表現できるから。
和尚は言います。「テクノロジーは自分に合った、生活しやすいものを選べばいいだけ」だと。
これを読んで、思わず頷きました。
私自身、AIツールを選ぶときも、同じような感覚で選んでいます。最新かどうかより、自分の作業の流れに馴染むかどうか。派手な機能よりも、使い続けられるかどうか。
和尚の言葉は、ITの世界とはまったく違う場所から来ているはずなのに、驚くほど近いものに感じました。
“早く正解が欲しい”という気持ちに気づく

一方で、和尚はこんな懸念も語っています。
「答えはネット上にすべてある」と思い込み、自分で悩み苦しみながら探すよりも、すぐに正解を求めてしまう人が増えている、と。
読んだ瞬間、正直、耳が痛くなりました。AIに問いを投げるとき、私にも「早く答えが欲しい」という気持ちが、まったくないとは言えません。むしろ、便利になったからこそ、その誘惑は強くなっている気がします。
でも、実際に自分がAIとの対話で得ている手応えを思い返してみると、それは「正解を受け取る」感覚とは、少し違うのです。
AIとの往復が「輪郭」に変わるまで

私は、AIに「これが正解です」と一発で言い切ってほしいわけではありません。
むしろ、何度もやり取りしながら、自分の中にあるぼんやりした考えが、少しずつ輪郭を持っていく過程が、しっくりくるのです。
これを実感したのが、ブログのアイキャッチ画像を作るワークフローを組み立てていたときのことでした。
最初は、AIに「こういう画像を作って」と一度伝えれば、それで済むと思っていました。
でも、実際にやってみると、そう単純にはいきませんでした。日本語のテキストが崩れて表示されたり、見出しの文字数によってレイアウトが崩れたり。一度の指示では、思ったような仕上がりにならないのです。
そこで、うまくいかなかった箇所を一つずつAIに伝え、直してもらい、また試す。その繰り返しを、何十回も続けました。
正直、途中で「これは一発で完成させる方法があるはずだ」と思ったこともあります。でも、繰り返すたびに、少しずつ精度が上がっていく。あるとき気づくと、最初は3時間かかっていた作業が、30分でできるようになっていました。
これは、AIが一度で教えてくれたことではありません。何度もやり取りする中で、少しずつ自分の中で「これだ」という形が、輪郭を持っていったのです。
あきらめ方は、ひとつじゃなかった

大愚和尚は、「答えがない」ことを受け入れる「あきらめる」姿勢の大切さを説いています。人間関係には、そもそも正解が存在しない。だから、正解を探すこと自体を手放してしまえばいい、という考え方です。
私も、この考え方には頷く部分が多くあります。ただ、自分のAIとの向き合い方を振り返ると、少しだけ違う場所に立っているようにも思うのです。
答えを最初からあきらめるのでもなく、AIに丸投げするのでもない。対話を重ねながら、そのつど「今の答え」を形にしていく。次に問い直されたら、また変わるかもしれない、そういう種類の答えです。
これもまた、AIと共に考える時代の、ひとつの「あきらめ方」なのかもしれません。
皆さんは、答えが出ないとき、正解探しをやめますか。それとも、対話を続けながら、答えを育てますか。ぜひコメントで教えてください。
この記事で書いた「輪郭が少しずつ定まっていく過程」も、元をたどれば、最初から完璧な使い方を探すのではなく、まず自分がどこで止まっているかを確かめるところから始まっていました。
その「止まり方」を整理するための地図を書いたのがこちらです。
👉 note|AIを使う前に整える地図
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、また次の記事でお会いしましょう!
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▼この記事のヒントになった一冊
『今こそ、あきらめ』大愚元勝(朝日新聞出版)



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