皆さん、こんにちは!てつやです。
定年後にブログを書き始めて、半年が経った頃のことです。
ある日、車中泊の荷物整理について記事を書いていたとき、ふと手が止まりました。
「なぜこの道具を残すのか」を言葉にしようとしたら、自分が何を大切にしているのかが、書く前よりはっきり見えてきたのです。
記録のつもりが、整理になっていた。
その気づきが、いまの私の「考える技術」の出発点でした。
そして後になって気づきます。この「書いて整理する」という習慣が、AIを使いこなすための下地を、知らないうちに作っていたのだと。
書くことは「記録」ではなく「整理」だった

ブログを始めた当初、目的は記録でした。車中泊の行き先、使ったガジェット、日々の気づき。それを日記のように綴るつもりだったのです。
ところが書き続けるうちに、奇妙なことが起きてきました。
書く前にはぼんやりしていた自分の考えが、文章にしようとする過程でどんどん輪郭を持ち始める。「これは本当に必要か?」「なぜそう感じたのか?」と自問しながらキーボードを打つうちに、頭の中が静かに整っていくのです。
車中泊の断捨離記事を書いたときがその典型でした。
「カインズのコンテナ1箱に入る分だけ」というルールを決めたとき、ただ荷物を減らしたのではありません。一つひとつの道具に「なぜ残すのか」を言葉で説明しようとする作業が、自分の今のスタイルを明確にしてくれた。箱の中身を選んだのではなく、言葉が自分の優先順位を選び出してくれたのです。
AIに渡す言葉は、この「整理する力」の延長にある

この体験を振り返ったとき、AIを使うようになった今、同じ構造が見えることに気づきます。
AIに何かを依頼するとき、うまくいくときとうまくいかないときがあります。その差はどこにあるのか。ツールの使い方でも、プロンプトの技術でもなく、渡す言葉の前に、自分の考えが整理されているかどうか、ここに尽きると感じています。
「なんとなくいい感じにして」では、AIも動きようがない。でも「自分が何を大切にしていて、何を求めているか」が言葉になっていれば、AIは驚くほど的確に応えてくれます。
ブログで車中泊の荷物を言葉で選び直したように、AIに渡す前に、まず自分の中で整理する。その力は、書き続けることで少しずつ育っていたのだと、今は思います。
「書く」という行為が、考える技術の土台を作った

Audibleを使い始めたとき、記事にするために「なぜ自分は聴く方が頭に入るのか」を言葉にしようとしました。すると、目の疲れ、ながら作業との相性、声のトーンから伝わるもの──そういった理由が、書こうとして初めて見えてきた。
自分の学習スタイルを「理解した」のは、Audibleを使い始めたときではなく、それを記事にしようとしたときでした。
これが「考える技術」の正体だと思っています。体験をそのまま記録するのではなく、言葉にしようとする過程で初めて、体験が自分のものになる。
AIを使いこなすとは、最終的にはこの力のことではないかと、私は考えています。道具が何であれ、自分の考えが整理されている人は、それをうまく使える。逆に、整理されていなければ、どんな道具も力を発揮しきれない。
これが、AI思考の地図の原点だった

後から振り返れば、この「書いて整理する」という習慣が、私がいま「考える技術とAI」として発信している内容の、最初の一歩でした。
AIに何を任せるか。どう伝えるか。何のために使うのか。そういった問いに答えられるようになったのは、ツールを覚えたからではなく、書き続けることで自分の考えを整理する力が育っていたからだと感じています。
「AI思考の地図」は、ある日突然できあがったものではありません。こうした小さな気づきの積み重ねの上に、少しずつ形になってきたものです。
この「書いて整理する」という感覚が、どのように「考える技術とAI」へとつながっていったのか。その全体像は、こちらのシリーズでまとめています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、また次の記事でお会いしましょう!
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