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AIに「ありがとう」は必要か──その問いの奥に、もっと大切なことがあった

AIに『ありがとう』は必要か? 礼儀より大切だと気づいたこと 雑記帳
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皆さん、こんにちは!てつやです。

梅雨の合間に青空が見えると、なんだかコーヒーがいつもよりおいしく感じます。今日は、最近ずっと頭に引っかかっていた、小さな問いの話をさせてください。

先日、こんな調査結果が目に入りました。

AIと話す際に「礼儀正しく振る舞う」と答えた人が、全体の70パーセントにのぼる、というのです。

「お願いします」
「ありがとう」

私たちは今、感情も意識も持たない相手に、そう話しかけています。

このニュースを見たとき、なんとも言いにくい引っかかりを覚えました。おかしい、とは思わない。でも、正しい・正しくないという話でもない。もっと根っこにある、何かです。

あなたも、AIに「ありがとう」と打ち込んだことがありますか。


礼儀は、AIの回答を変えるのか

礼儀が効くかどうか、ふたつの見方がある
礼儀が効くかどうか、ふたつの見方がある

この問いをめぐって、世の中にはふたつの見方があります。

ひとつは、礼儀正しさが回答の質を上げるという立場です。

AIは膨大な人間の言語データで学習しています。人間同士の会話では、丁寧な依頼には丁寧な返答が返りやすい。AIはそのパターンを学んでいるため、丁寧なプロンプトには、より思慮深く詳細な回答が対応しやすい——という構造になっている、というわけです。MicrosoftもCopilotへの礼儀正しい接し方が、より協調的な出力につながると助言しているほどです。

もうひとつは、礼儀は不要だという立場です。

AIはスプレッドシートと同じ道具に過ぎず、意識も感情も持たない。「お願いします」「ありがとう」はトークンの消費に過ぎず、何百万人ものユーザーが積み重ねれば、膨大なエネルギーコストになる、というのです。OpenAIのCEO、サム・アルトマンはこう言っています。「ChatGPTへの挨拶コストは、おそらく数千万ドル規模だ。でも良い使い道だと思う」と、冗談めかして。

どちらの主張も、一定の正しさを持っています。

でも私は、読み終えてどこか腑に落ちない感覚が残りました。どちらも「AIにとって礼儀が何を意味するか」という問いに答えようとしている。でも本当に気になるのは、そこじゃないのかもしれない、と。

(参考:Forbes Japan「AIに礼儀正しくするべきか」


言葉を整えると、こちらの思考も整っていく

言葉を整えると、相手の思考も引き出される
言葉を整えると、相手の思考も引き出される

現役時代、社内の業務改善に関わっていたころの話をさせてください。

あるとき、現場のリーダーたちに改善提案を投げかけたことがありました。内容は同じでも、伝え方によって反応がまるで違う、ということを何度も経験しました。

急いで結論だけ伝えたとき、返ってくるのは「わかりました」という短い返事でした。でも、なぜその提案が必要なのか、現場がどんな課題を抱えているのかを丁寧に言葉にしてから伝えると、返ってくるものが変わった。

「実はうちの部署ではこういう問題もあって」という、こちらが知らなかった情報が出てきたり、「それならこういう方法もあるんじゃないか」という新しいアイデアが生まれたりする。

言葉を整えることで、相手の思考も引き出される。そんな感覚を、何度も味わいました。

AIへの礼儀が「効く」としたら、それは似た構造なのかもしれません。丁寧に書こうとするとき、人は自然と立ち止まっているんですよね。

何を伝えたいのか、頭の中を一度整理している。その行為が、AIへの指示の質を変えているのではないか、と私は思っています。


本当の問いは、AIの向こう側にある

AIへの接し方が、自分の思考の癖をつくっていく
AIへの接し方が、自分の思考の癖をつくっていく

調査記事の末尾に、こんな一文がありました。

本当の問いは、私たちの礼儀が機械にどう影響するかではなく、私たちが機械に対する接し方が他者への接し方にどう影響するか、なのかもしれない

これを読んで、私は「なるほど、と」思いました。

AIとの接し方が、自分の思考の癖をつくっていく。命令し続ければ、命令する思考が育つ。丁寧に整えようとすれば、整えようとする習慣が育つ。

私がこのブログで「AIを使いこなす技術より、AIの手前を整える視点」を大切にしているのも、同じ理由からです。道具の使い方を覚える前に、自分の思考の軸を持っておく。何を目的にして、何を任せ、何を手元に残すかを考えておく。そこが整っていると、道具の使い方も自然と変わってくるからです。

AIに「ありがとう」と打ち込む自分を、少し観察してみてください。その言葉の裏に、どんな気持ちがあるか。あるいは、まったく何も感じていないか。それ自体が、自分とAIの距離感を映す、小さな鏡のような気がします。


「ありがとう」と言った相手より、「ありがとう」と言った自分

AIに何を言うかより、どんな気持ちで打ったかを観察する
AIに何を言うかより、どんな気持ちで打ったかを観察する

私は今でも、AIに「ありがとうございます」と打ち込みます。

それが正しい作法なのかどうかは、正直よく分かりません。
相手は人ではありませんし、礼儀の意味をそのまま当てはめることもできないでしょう。

でも、以前より気になっているのは、その言葉がAIに届くかどうかではなく、
自分がどんな気持ちでその言葉を打っているのかです。

急いで答えだけを取りにいこうとしているのか。
それとも、少し立ち止まって、自分の考えを整えようとしているのか。

AIに「ありがとう」と言うこと自体よりも、
なぜ自分がそうしたのかを少し観察してみること。

私には、そのほうがずっと大切なことのように思えました。

あなたは、AIに「ありがとう」と打ち込みますか。
もしよければ、コメントなどで教えていただけるとうれしいです。

この問いの奥にある考え方は、「考える技術とAI」シリーズでも、少しずつ整理しています。

👉 考える技術とAIシリーズはこちら

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、また次の記事でお会いしましょう!

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プロフィール
この記事を書いた人
てつや

昨年3月に定年を迎えた60代ブロガーです。
「やってみた!」で人生を埋め尽くすことをテーマに、
長年先送りにしてきた興味や関心ごとに挑戦しています。

ブログでは、

・PC・ガジェットの活用術
・AIツールを活用したブログ運営の工夫
・60代からの学び直し
・車中泊や読書など、日々の小さな体験記

を中心に、実体験をもとにした“等身大の情報”を発信しています。

同じように“新しい一歩”を踏み出したい方の背中を
そっと押せるような発信を目指しています。

【運営:TetsuCreate】
【Update:2026/5】

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