皆さん、こんにちは!てつやです。
梅雨の晴れ間に、玄関の掃除をしていました。
靴を揃えて、たたきを拭いて、傘立てを整える。たった10分の作業なのに、終わった後の気持ちが、不思議なほど違う。
「なんだろう、この感覚」
そのまま、ふと「玄関」という言葉の由来が気になって、調べてみました。
「玄関」の語源を調べたら、思いがけない意味があった

玄関の掃除を終えて、なんとなく「玄関」という言葉の由来が気になり、調べてみました。
すると、思いがけない意味が出てきました。
玄妙な道に入る関門。
これが、玄関の語源だそうです。
鎌倉時代の禅寺に由来する言葉で、「奥深い悟りの境地へと入っていく関所」という意味を持っていたといいます。
住職と弟子が問答を交わす、寺でもっとも重要な場所の入り口に設けられた。だから玄関は、常に清められていた。履物に一切の乱れがなかった。
単なる「家の入り口」ではなかったんですね。
その先に入るにふさわしい状態を、自分の中に整えるための場所。それが、玄関のもともとの姿だったのです。
入り口を整えることは、自分を整えること

この語源を知ってから、玄関の掃除の意味が少し変わりました。
整頓された玄関を持つ家の住人は、背筋の伸びた生き方をしているといいます。毎日の玄関の清掃が、生きる姿勢をも左右する。
最初は「少し大げさかな」と思いました。
でも、考えてみれば、私たちは毎日いくつもの「入り口」の前に立っています。
朝、仕事机の前に座るとき。
誰かと話し始めるとき。
新しいことを学ぼうとするとき。
それぞれに、入り口がある。
その入り口を、どんな状態で通っているか。整えてから向かうか、乱れたまま飛び込むか。それが、その先の姿勢を変えているのかもしれません。
急いで奥へ進もうとする前に、まず関所に立ち止まる。
その一呼吸が、その先を変えていく。
AIに向かう前に、整えるものがある

AIとの対話も、同じ構造だと気づきました。
プロンプトを工夫する前に、整えるものがある。
何を解決したいのか。
自分の状況はどこにあるのか。
何が分かっていて、何が分かっていないのか。
その「関所」を通らずに奥へ進もうとすると、どこかで必ずつまずく。AIが返してくる答えが曖昧なのは、こちらの入り口が整っていないからかもしれない、と。
丁寧に言葉を整えようとするとき、人は自然と立ち止まっています。
何を伝えたいのかを、頭の中で一度整理している。その行為が、AIへの問いの質を変えているのだと、私は思っています。
AIで手が止まるのは、関所を通り忘れているから

冒頭の問いに戻ります。
AIを使おうとして、なんとなく手が止まる。
それはツールの問題でも、知識の問題でもないのかもしれません。
関所を通り忘れたまま、奥へ進もうとしているから止まる。
整えてから向かえばいい。ただ、それだけのことだったのかもしれません。
玄関の掃除をして、靴を揃えて、気持ちが変わったあの感覚。
AIに向かう前にも、あの一呼吸が必要なのだと思っています。
あなたがAIに向かうとき、その入り口は整っていますか。
もしよければ、コメントなどで教えていただけるとうれしいです。
この問いの奥にある考え方は、「考える技術とAI」シリーズでも、少しずつ整理しています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、また次の記事でお会いしましょう!
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