皆さん、こんにちは!てつやです。
最近、こんなニュースが飛び込んできました。
2026年3月に鳴り物入りで”まちびらき”を迎えた高輪ゲートウェイシティ。JR東日本が社運をかけたこの大型開発のシンボル、大階段で転落事故が相次いでいると報じられたのです。
階段が目の錯覚で平らに見えてしまい、段差の境目が分かりにくい。SNSには「怖すぎる」という声が溢れ、実際に2名がけがをしたという報道もありました。現在はチェーンで柵が設けられているそうです。
SNSでは「設計者の怠慢」「デジタル化の落とし穴」という声も見かけました。
でも私は、その言葉を聞いたとき、少し引っかかったんです。
これは、もっと根の深い話ではないか。
あの失敗と同じだ、とすぐに分かりました。現役時代に何度も目にしてきた、あのパターンと。
なぜ大プロジェクトほど、誰も気づかないのか

記事の中で、建築家がこう指摘していました。
「パソコンの画面で設計をするのが当たり前になったことで、実際に施工するとそのデザインがどう見えるのかという想像力が働かなくなっている」
そして「コンピュータ上のイメージを過信しすぎているせいか、それが完成形だと思ってしまう」とも。
JR東日本という大組織が、これだけ大きなプロジェクトを進めたのに、なぜ誰も気づかなかったのか。
設計者が怠慢だったわけではないと思います。むしろ、入念に、丁寧に設計を進めていたはずです。
それでも気づけなかった。その「構造」に、私は覚えがあります。
現役時代の体験①——チェックシートが「見ること」を奪った

私は現役時代、業務改善を担当することが多くありました。
ある時期、納品前の品質検査のプロセスを見直すことになりました。もともとは数百項目に及ぶチェックリストがあったのですが、手順の標準化を進める中で、基本項目だけに絞った簡略版のチェックシートに切り替えることになったんです。作業効率は上がりました。
しかし、しばらく運用していくうちに、問題が起きてきました。
若い世代の担当者が、「なぜその項目を確認するのか」という目的を理解しないまま、チェックシートへの記入そのものが目的になってしまったのです。形骸化、というやつです。
そして後工程を担うベテラン社員は、「当然、基本検査はやっているはずだ」という前提で動いていたため、ダブルチェックをしませんでした。
結果、初歩的な不具合が続発しました。
誰も現物を見ていなかった。
チェックシートというツールが整備されたことで、「見ること」そのものが省略されてしまっていたのです。
現役時代の体験②——デジタル化の前に「現場を歩く」ことが先だった

別の部署からこんな相談を受けたこともあります。
「自部門の業務をシステム化して、効率化したい」
相談者が希望していたのは、現在の業務フローをそのままデジタル化すること。意欲的で、熱心でした。
ただ私は、すぐにシステム設計の話には入らず、まず業務の目的とデータの流れを一緒に確認していくことにしました。現場を歩いて、実際の作業を観察して。
すると、少しずつ見えてきたことがありました。
そもそも、現在の業務フロー自体が、業務の目的と合っていなかった。
データ量から考えても、システム化するほどの規模ではなかった。実態に合った業務フローへ見直すだけで、作業時間は大幅に短縮できた。そして簡単なチェックシートを整備するだけで、安定した品質での運営が実現できると分かったのです。
「デジタル化」が目的になってしまっていて、「何のためにやるのか」が後ろへ追いやられていました。
三つの話に共通する「構造」

高輪の大階段。品質検査の形骸化。デジタル化が目的化した業務改善。
並べてみると、同じ構造が見えてきます。
「ツールへの過信」+「現物・現場・現実から離れること」=「誰も気づかない」
設計者はパソコンの画面を完成形と信じた。
担当者はチェックシートへの記入を検査と信じた。
相談者は現在の業務フローのデジタル化を改善と信じた。
どの場合も、悪意はありませんでした。むしろ真剣に取り組んでいた。それでも気づけなかった。なぜなら、現物・現場・現実に触れるプロセスが、効率化の波の中で「無駄」として省かれていたからです。
かつては当たり前にあった「実物の素材を手で触れて確かめる」「現場を歩いて目で見る」「ベテランが現物に向き合う時間」——そういったアナログなプロセスが、いつの間にか削ぎ落とされていました。
だからこそ、AIとの協業で取り戻せるものがある

「だからデジタルやAIは危ない」と言いたいわけではありません。
むしろ逆です。
AIはデータの処理、パターンの検出、チェックリストの管理が得意です。膨大な設計データの中からリスクを洗い出すことも、AIであれば可能になってきています。
でも、「実際に歩いて、乗って、触れて、違和感を持つ」という身体感覚は、人間にしかできません。
業務改善の現場で私が「現場を歩いて、データの流れを目で追った」あの行為は、AIには代替できないプロセスです。階段の石材を実際に手で触れ、雨の日や快晴の日にどう見えるかを現地で確認する作業も、同じです。
デジタル・AI時代に本当に必要なのは、「人間の感覚でしか気づけないこと」と「AIが得意なこと」を意識的に組み合わせる設計ではないでしょうか。
効率化の名のもとに切り捨ててきたもの——現場を歩くこと、実物に触れること、「なぜ?」と問い続けること——は、AI時代だからこそ、もう一度意識的に組み込む価値があると、私は思っています。
まとめ

高輪ゲートウェイシティの大階段事故は、「設計者の怠慢」では片付けられない、デジタル時代に共通した問題を映し出していました。
– ツールが整備されるほど、「現物を見ること」が省略される
– 効率化が進むほど、「なぜ?」を問う人がいなくなる
– デジタル化が目的になると、目的そのものが見えなくなる
そして、そのどれもが「誰も気づかないまま」進行してしまう。
AIやデジタルツールは、使い方次第でその構造を壊すことも、深めることもできます。道具を信じすぎず、現場に足を運び続けること。それがAI時代を賢く生きるための、変わらない知恵だと私は感じています。
この記事を読んで「自分もAIの前で止まっているかもしれない」 と感じた方は、まずこちらへどうぞ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、また次の記事でお会いしましょう! てつやでした!
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