皆さん、こんにちは!てつやです。
思い込みを外し、言語化を磨き、善意に境界線を引き、思想を構造に落とした。このシリーズを通じて、そんな旅を歩んできました。
しかし今回は、少し立ち止まります。第5回のテーマは「遠回り」と「余白」。理屈ではなく、体で学んだ話です。
車中泊は、客観的に見れば「効率の悪い旅」です。ホテルより不便で、移動時間は長く、予定通りにいかないことだらけ。しかしその「非効率」の中にこそ、気づきが生まれる——この一年の車中泊体験が、私にそのことを教えてくれました。

思考を深め、軸を整えたあとに必要なのは、“余白”でした。遠回りの中でしか見えない景色があると気づいたのです。
長年の夢を「形にする」まで ― フリード+カスタムの話

「いつかやりたい」を先送りにし続けた20年
車中泊に憧れたのは、はるか昔のことです。「いつか愛車をキャンピングカー仕様にしたい」。そう思いながら、仕事や子育て、さまざまな「今はまだ早い」という言い訳とともに、20年以上先送りにしてきました。
定年を迎えたとき、私はある問いを自分に投げかけました。「このプリン、いま食べるか?ガマンするか?」——第2回でお伝えしたあの問いです。答えは決まっていました。
愛車ホンダ フリード+を、キャンピングカービルダー「ロッキー2」さんに持ち込みで架装しました。普段使いの車をそのまま残しながら、フルフラットベッドとFFヒーターを備えた快適な車中泊仕様に。費用も納期も、決して「効率的な買い物」ではありませんでした。
でも完成した車を初めて目にしたとき、胸に込み上げてきたのは「コスパ」の話ではありませんでした。「ようやく形にできた」という、20年越しの達成感でした。夢を先送りにしない、という決断が、この車に乗るたびに蘇ってきます。
きっとあなたにも、「いつかやりたい」と思いながら先送りにしてきたことがあるのではないでしょうか。
▶詳細:愛車フリード+を車中泊カスタム!ロッキー2持ち込み架装で夢のキャンピングカー仕様に(車中泊-2)
物置で眠っていたものに、新しい価値を見た

再発見——コールマンベンチの話
車中泊を重ねる中で、ある困りごとがありました。絶景ポイントで車を停めたとき、「ここでゆっくりお茶でも飲みたい」と思っても、重い椅子やテーブルを出すのが億劫になる。特に年齢を重ねると、地面に直接座ることも辛くなってきます。
そんなある日、物置の奥に長年眠っていたコールマンの三つ折りベンチの存在を思い出しました。子どもが小さい頃に買ったものです。試しに車に積んで旅に連れて行くと、これが驚くほど活躍しました。
リアゲートを開けてベンチに腰かけながら飲む朝のコーヒー。夕焼けを眺めながら妻と並んで座る時間。「いつか使おう」と物置にしまい込んでいたものが、今この瞬間の最高の相棒になっていました。
新しいものを買わなくても、手元にあるものに改めて目を向けるだけで、世界が豊かになることがある。そのことを、このベンチが教えてくれました。「古い道具にこそ、新しい価値が眠っている」——車中泊の旅で学んだ、思いがけない発見でした。
物置の奥に眠っているものは、道具だけではありません。かつての自分の価値観や思い出も、同じように眠っているのだと思います。
▶詳細:物置で眠っていたコールマンのベンチが、シニア夫婦の旅の神アイテムだった話(車中泊-7)
失敗も、全部「旅の素材」だった ― ふもとっぱらの洗礼

定年記念のはずが、夜の闇で迷子に
定年退職を記念して、キャンパーの聖地「ふもとっぱらキャンプ場」へのソロ車中泊を決行しました。雄大な富士山を目の前にしながら、自分自身の新しい旅立ちを祝う——そんなロマンを胸に向かいました。
昼間は完璧でした。快晴の富士山、広大な草原、解放感。「定年後の人生、最高だ」と本気で思いました。
しかし夜が来て、トイレに行こうとした私は、暗闇の中で完全に方向を見失いました。広大なキャンプ場の中で、懐中電灯も持たず、スマホのマップも開けず、自分の車がどこにあるのかさえわからなくなったのです。「聖地で遭難」——定年記念の夜は、予想外のハプニングで幕を閉じました。
誰にでも、予定外の出来事が後になって一番の思い出になる瞬間があるはずです。
遠回りの中にしか、気づきはなかった
この失敗談を振り返ると、可笑しくもあり、少し恥ずかしくもあります。しかし今となっては、この夜のことが一番鮮明に残っています。完璧だった昼間の景色よりも、迷子になって星空を見上げながら途方に暮れたあの時間の方が、記憶に深く刻まれているのです。
効率よく計画された旅には、「完璧な写真」は残ります。しかし「忘れられないエピソード」は、たいてい失敗や遠回りの中から生まれるのだと気づきました。
予定通りにいかない時間。想定外の出来事。何もしないで景色を眺めているだけの時間。こういった「余白」があるからこそ、思考が動き、感情が動き、気づきが生まれる。車中泊の旅は、そのことを体で教えてくれました。
▶詳細:60代ソロ車中泊|聖地ふもとっぱらで見た天国と地獄!(車中泊-15)
車中泊が教えてくれた「余白」という哲学

目的地より過程に、人生の豊かさがある
「目的地に早く着くこと」が車中泊の目的ではありません。走ること、停まること、迷うこと、眺めること——その一つひとつが旅の本体です。
この考え方は、定年後の生き方そのものに重なります。「何かを成し遂げること」だけが人生の目的ではない。成し遂げる過程で感じたこと、気づいたこと、取り戻したこと——それが人生の豊かさの本体なのではないか。
現役時代は「効率よく結果を出すこと」が正解でした。それは間違いではなかった。しかし定年後には、別の正解があります。遠回りを怖れない。余白を持つ。失敗を旅の素材にする。
余白があるから、気づきが生まれる
第2回で「定年後に初めて立ち止まる時間が手に入った」とお伝えしました。車中泊はその「立ち止まる時間」を、意図的に作り出す装置です。
スマホもパソコンも、ブログの締め切りも、車の外に置いてくる。広い空と静かな朝があるだけ。この余白の中でぼんやりと考えたことが、後になってブログの記事になったり、思想の核心になったりすることが何度もありました。
| 余白は「何もしない時間」ではない。次の気づきを育てる、最も生産性の高い時間だ。 |
余白とは、人生の“空白”ではなく、“発酵”の時間なのだと思います。
定年後の旅は、目的地より過程が大事。遠回りした分だけ、見える景色が増える。このシリーズを通じて伝えたかった「遠回りの価値」は、車中泊という体験の中に、すべて詰まっていました。
次回(第6回)は「ブログという第二の人生」というテーマで、ゼロから積み上げてきたこのブログが私に与えてくれたものをお伝えします。
▼ シリーズ一覧「60代からの再構築:思い込みを外し、自分の軸で生きるための7つの旅」
第1回:定年後のモヤモヤの正体 ― 思い込みが人生を縛っていた
第2回:言語化が人生を変える ― モヤモヤが消える「解像度」の話
第3回:善意が疲弊しないために ― OCBと境界線の話
第4回:挑戦の構造化 ― AIリレー方式が教えてくれたこと
第5回(本記事):遠回りの価値 ― 車中泊が教えてくれた余白の力
第6回:ブログという第二の人生 ― 立ち上げから見えたもの
第7回:総集編 ― 自分の軸で生きるためのてつや式・再構築術
【参考・関連記事】
▶ 愛車フリード+を車中泊カスタム!ロッキー2持ち込み架装で夢のキャンピングカー仕様に(車中泊-2)
▶ 物置で眠っていたコールマンのベンチが、シニア夫婦の旅の神アイテムだった話(車中泊-7)
▶ 60代ソロ車中泊|聖地ふもとっぱらで見た天国と地獄!(車中泊-15)

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