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人と熊の共存は可能か?「可哀そう」だけでは解決しない本当の問題

人と熊の共存は可能か?「可哀そう」だけでは解決しない本当の問題 雑記帳
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皆さん、こんにちは! てつやです。

あなたも最近、熊のニュースを見て心が痛んだことはありませんか? 今年は特に被害が深刻で、毎日のように悲しい報道が続いています。

私も車中泊や旅行で山間部へ出かけることが多いので、他人事とは思えません。調べてみたところ、本州で熊の生息が確認されていないのは千葉県だけ(※河川で生息域が遮断されているためだそうです)と言われており、ほとんどの地域で出没する可能性があるんですね。

SNSを見ていると、「熊を殺すなんて可哀そう」という声が本当に多く聞かれます。その気持ちは、動物の命を思う、とても自然で尊いものだと思います。私も、駆除のニュースを見ると胸がギュッとなります。

でも同時に、命を落とされた方、取り返しのつかない怪我をされた方、そして「いつ熊が出るか」という恐怖の中で暮らしている地域の方々がいることも、紛れもない事実です。

この記事では、そうした感情論だけに留まらず、今起きている事実に目を向け、「本当に人と熊は共存できるのか」「どうすればお互いが不幸にならないのか」を、私なりに真剣に考えてみたいと思います。

特に、私と同じように車中泊やキャンプ、登山などで自然を楽しむ機会がある方には、ご自身の安全を守るためにも、ぜひ最後までお読みいただきたい内容です。

📌 この記事で分かること(所要時間:8分)
✅ 2025年の熊被害が過去最悪な理由
✅ 車中泊・キャンプで絶対にやるべき7つの対策
✅ 熊鈴・スプレーなど必須グッズの選び方
✅ 出没情報の確認方法と行動指針

熊被害が過去最悪の現状と、その本当の原因

荒れた里山では、人と熊の生息域の境界が曖昧になっています
荒れた里山では、人と熊の生息域の境界が曖昧になっています

まず、私たちを取り巻く現状を、数字と事実で冷静に見ていきたいと思います。

熊被害の現状

今年は、はっきり言って「異常事態」です。 環境省が11月13日に発表した速報値によると、今年度(2025年4月~)の熊による被害件数(人身被害)は、11月上旬時点ですでに200件を超え、死者も13人にのぼり、いずれも過去最悪のペースで推移しているとのことです。

これは春先から始まっていました。例年、4月の被害は平均3名ほどだったのが、今年は4月だけで11名の方が被害に遭っているそうで、いかに早い段階から深刻だったかが分かります。

被害は、山菜採りや登山中といった山の中だけではありません。集落の近く、農作業中、さらには市街地や住宅の敷地内で被害に遭うケースが急増しています。

人的被害だけでなく、果樹園が荒らされたり、養蜂の巣箱が倒されたりといった農作物被害も深刻で、地域の経済や生活基盤そのものを脅かしています。

なぜ増えているのか?

では、なぜこんなことになっているのでしょうか。 専門家によれば、理由は一つではなく、熊側と人間側の両方の事情が複雑に絡み合っているそうです。

熊側の事情:

  • 餌の不足: 今年は特に、熊の主食であるブナやミズナラの実(ドングリなど)が全国的に「凶作」だと言われています。お腹を空かせた熊が、冬眠前に少しでも多くの栄養を摂ろうと、人里の柿や栗、生ゴミなどを求めて降りてきているのです。
  • 生息域の接近: 熊の個体数そのものが回復傾向にある地域もあり、若い熊が親離れして新しい縄張りを求めた結果、人間の生活圏と生息域が重なってきている面もあります。

人間側の事情:

  • 過疎化と高齢化: これが非常に大きい問題だと感じます。昔は、里山(人里と奥山の間にある雑木林など)は薪や炭の材料、山菜採りの場として、適度に人の手が入っていました。しかし今は、その管理をする人がいなくなり、荒れ放題になっています。
  • 耕作放棄地の増加: 人手不足で管理されなくなった畑や果樹園は、熊にとって格好の餌場となってしまいます。
  • 里山機能の低下: 人の手が入らなくなった里山は荒れ放題になり、熊が身を隠しやすい「藪(やぶ)」が増えました。昔は「緩衝地帯(クッション)」だった里山が、今や熊が人里へ侵入するための「通り道」になってしまっているのです。

つまり、これは「熊が急に凶暴化した」とか「人間が悪い」といった単純な話ではありません。長年にわたって重なってきた、日本の社会構造の変化(過疎化や林業の衰退)が、熊と人間の距離を「望まない形」で縮めてしまった結果なのだと思います。

「熊が可哀そう」は間違いか? 感情論と被害の現実

この記事で、私が一番皆さんと一緒に考えたいのが、この点です。

この意見は決して間違いではない

まず大前提として、駆除される熊の映像を見て「可哀そう」と思う感情は、決して間違いではありません。むしろ、そう思えることは人間としてとても大切で、尊い感情です。私も同じ気持ちです。誰だって、好きで動物が殺されるのを見たい人はいません。

でも、立ち止まって考えてみませんか?

ただ、その「可哀そう」という言葉を発するとき、私たちは一度立ち止まって考える必要があるのではないか、と最近強く思うのです。

その言葉は、どこから発せられているでしょうか? 多くの場合、それは都市部など、熊の脅威が直接的には及ばない「安全な場所」からではないでしょうか。

もちろん、安全な場所にいることが悪いわけではありません。 でも、もし「可哀そう」という感情が、

  • 実際に熊と対峙する恐怖を想像できていないとしたら?
  • 被害に遭われた方々の身体的な痛みだけでなく、その後の生活や心の傷、ご遺族の深い悲しみに、思いを馳せられていないとしたら?

それは、少し一方的な見方になってしまわないでしょうか。

「可哀そう」という感情は大切です。しかし、それはもしかしたら、自分が絶対的な安全地帯にいるからこそ言える、ある種の「余裕」の表れなのかもしれない。私自身、そう自問自答してしまいます。

現場で何が起きているか:二つの「現実」

私たちが「可哀そう」と心を痛めている一方で、現場では「現実」として何が起きているのでしょうか。そこには、大きく分けて二つの側面があります。

① 直接的な被害:奪われる「命」と「日常」

まず、熊によって「命」そのものや、当たり前の「日常」が奪われている現実です。

突然奪われる命 今年(2025年)も、山菜採りや農作業中に命を落とされた方が、すでに何人もいらっしゃいます。 例えば昨年(2024年)6月、青森県八甲田山系では、80代の女性がタケノコ採り中に熊に襲われ、命を落とされました。ご本人にとって、それは慣れ親しんだ山での、あまりにも突然で、無念な最期だったはずです。

安全なはずの場所が脅かされる恐怖 被害は死だけではありません。日常生活そのものが、恐怖に変わってしまいます。

  • 家の中すら安全ではない(2025年10月、新潟県) 80代の女性が1人で暮らす民家に熊が侵入し、窓ガラスを破壊。幸いケガはありませんでしたが、最も安全なはずの家が脅かされた恐怖は、計り知れません。
  • 日常の散歩道が危険地帯に(2025年9月、新潟県妙高市) 90代の男性が早朝の散歩中に熊に襲われ、顔や足に重傷。いつも通りの散歩道すら、安全な場所ではなくなってしまったのです。

地域社会全体を蝕む影響 こうした被害は、地域全体にも深刻な影響を及ぼしています。

  • 学校: 登下校ルートの変更、保護者の送迎や集団登校が必須に。
  • 農家: 丹精込めて育てた作物や家畜が一晩で全滅する絶望。
  • 観光業: 客足が遠のき、廃業に追い込まれる旅館も。

命だけでなく、平穏な暮らしや経済活動そのものが脅かされているのです。

② 対応を迫られる人々の苦悩:猟友会が直面する現実

そしてもう一つ、忘れてはならないのが、その熊の駆除を「誰か」が引き受けているという事実です。

心を痛めながら引き金を引く人々 多くの場合、その役目を担うのは地元の猟友会の方々です。彼らの多くは、普段は別の仕事をしながら、ボランティアに近い形で地域の安全のために出動しています。

山のことを誰よりも知り、動物のことを深く理解しているからこそ、心を痛めながら引き金を引いているのではないでしょうか。誰よりも心を痛めているのは、彼らかもしれません。

猟友会が直面する深刻な問題 その一方で、彼らは今、深刻な問題に直面しています。

  • 高齢化と人手不足: 後継者が育たない現実。
  • 社会からの批判: 「熊を殺すな」という声に直接晒される。
  • 危険な任務: 命がけの作業であるにもかかわらず、報われにくい。

「危ないし、責められることも多い」この仕事のなり手がいなくなっているのです。

「他人事」として語ることの危険性

もし、自分の家族が襲われたら? もし、自分の仕事(畑やお店)が立ち行かなくなったら? もし、自分の住む町で、子どもたちが安全に外で遊べなくなったら?

…そう想像してみたとき、この問題の見え方はまったく変わってくるはずです。

「熊が可哀そう」という感情は持ち続けるべきです。 でも、それと同時に、熊によって日常を奪われ、恐怖の中にいる人々、被害に遭われた人々も、同じように「可哀そう」であり、守られるべき存在なのだと、私たちは認識しなくてはなりません。

この両方への想像力を持つことが、この問題を考えるスタートラインなのだと、私は思います。

人と熊の共存は不可能? 問題の本質「里山機能の低下」とは

熊も本来は人間を避け、静かに暮らしたい存在です
熊も本来は人間を避け、静かに暮らしたい存在です

この問題は、よく「熊の命を守れ(保護派)」vs「人間の安全が最優先だ(駆除派)」という、二項対立の構図で語られがちです。

でも、私は本当にそうだろうか? と思います。 熊を一方的に駆除し続ければ、生態系のバランスが崩れます。かといって、人間の安全を犠牲にして熊を野放しにすることなど、絶対にできません。

今起きているのは、熊も人間も、双方が不幸になっている状態です。

熊は、本来いたはずの山奥に十分な餌がなく、危険を冒して人里に降りてこざるを得ず、最後は駆除されてしまう。 人間は、生活圏を脅かされ、命の危険を感じながら、心を痛めつつも熊を駆除しなくてはならない。 誰も得をしていない、悲しい状況です。

問題の本質的な構造

この不幸な状況を生み出している本質は、もっと根深いところにあると感じます。

  1. 生息環境の変化(環境問題)
    戦後の拡大造林政策で植えられた杉やヒノキは、安価な輸入材に押されて伐採されず、手入れもされないまま放置されています。こうした針葉樹林は、熊の餌となるドングリなどが実る広葉樹林に比べて、動物にとって「食べ物のない砂漠」のようなものだそうです。 さらに、先ほども触れた「里山」という緩衝地帯がなくなったことで、人間と熊の物理的な距離が近くなりすぎてしまいました。
  2. 人間社会の変化(社会問題)
    山間部の過疎化と高齢化は、もう待ったなしの状態です。 昔は集落全体で山を管理し、熊を追い払う「人の力」がありましたが、今はその力が弱まっています。熊を管理するための専門家や、猟友会の担い手も圧倒的に不足しています。
  3. 情報と理解の断絶(認識ギャップ)
    都市部に住む人々と、山間部に住む人々の間には、熊に対する認識に大きなギャップがあります。 都市部では「熊=自然の象徴、守るべきもの」というイメージが先行しがちですが、山間部では「熊=生活を脅かす、恐ろしい隣人」という現実があります。 メディアの報道も、どうしても「可哀そう」か「恐ろしい」かのどちらかに偏りがちで、この問題の複雑な背景が十分に伝わっていないのかもしれません。

「共存」の意味を見直す

では、どうすればいいのか。 私は、「共存」という言葉の意味を、もう一度見直す必要があると思います。

「共存」とは、「何もしないこと(放置すること)」ではありません。 お互いが存在を無視し、無干渉でいられた時代は終わってしまいました。

これからの「共存」とは、「適切に管理された共存」を目指すことだと私は考えます。 それは、人間も熊も、それぞれが安全に暮らせる「棲み分け」のラインを、私たち人間が知恵を絞り、意識的に作り上げていくことです。

放置すれば、双方が不幸になる。 だからこそ、感情論で対立している場合ではなく、科学的な知見と、現場の現実に基づいて、行動する必要があるのです。

長期的な解決の方向性

適切に管理された里山は、人と熊を隔てる「緩衝地帯」になります
適切に管理された里山は、人と熊を隔てる「緩衝地帯」になります

もちろん、定年を迎えたばかりの私に完璧な解決策が出せるわけではありません。 しかし、専門家の方々が提言されていることや、各地の取り組みを調べてみると、私たちが目指すべき方向性が見えてきます。

  • 生息環境の整備(棲み分け)
    熊の餌となる広葉樹林を増やす(針葉樹林とのバランスを見直す)長期的な森林管理。 人里と山の間に、見通しの良い「緩衝地帯(里山)」を再生させ、熊が人里に近づきにくくする。 人里の柿や栗など、熊を誘引するものを徹底的に管理・除去する。
  • 科学的な個体数管理
    感情論ではなく、データに基づいて、その地域で維持できる熊の「適正な生息数」を科学的に調査し、設定する。 GPSなどで熊の行動を追跡し、危険な個体や人里に執着する個体を特定する。 その上で、やむを得ない場合は「計画的な管理捕獲」を行う。これは「絶滅させる」ためではなく、「適正な数を維持し、棲み分ける」ために必要です。
  • 地域コミュニティの強化と支援
    熊の出没情報を地域で即座に共有するシステムを構築する。 猟友会の方々が活動しやすいよう、金銭的な支援や法的な整備、そして何より後継者の育成を社会全体で支援する。 彼らに「駆除」という重荷だけを背負わせるのではなく、敬意と感謝を持つべきです。
  • 社会全体での理解と支援
    私たち都市住民も、「他人事」ではなく「自分たちの安全な食と環境を守るためのコスト」として、ふるさと納税などを通じて山間地の取り組みを財政的に支援する仕組みが必要です。

これらは、どれもお金と時間がかかり、一朝一夕には実現しません。 でも、方向性を社会全体で共有し、できることから始めることが大切だと思います。

【車中泊・キャンプ】必須の熊対策グッズと、命を守る心構え

車中泊では「匂いの管理」と「明るい場所選び」が最重要です
車中泊では「匂いの管理」と「明るい場所選び」が最重要です

さて、ここまで難しい話が続きましたが、ここからは私のような「車中泊愛好家」や「旅行好き」が、具体的にどう行動すべきか、という実践編です。

自然を楽しむ私たちだからこそ

車中泊、キャンプ、登山…こうした自然の中で過ごす時間は、本当に何物にも代えがたい喜びを私たちに与えてくれます。 しかし、忘れてはならないのは、私たちは「熊の生息域にお邪魔している」という自覚です。

訪問者である私たちが正しい知識を持ち、適切な準備をすること。 それが、熊にとっても、私たち自身にとっても、不幸な遭遇を避ける一番の方法です。

基本的な心構え

  1. 出没情報を事前にチェック!
    行く予定の地域の自治体や観光協会のウェブサイトで、最新の熊の出没情報を必ず確認します。出没が相次いでいる場所には、近づかない勇気も必要です。
  2. 早朝・夕暮れ時は特に注意!
    熊が最も活発に行動する時間帯(薄暗い時間)の単独行動は、なるべく避けましょう。
  3. 音を出して存在を知らせる!
    熊も、好きで人間に会いたいわけではありません。「バッタリ遭遇」が一番危険です。熊鈴やラジオなどで、人間の存在を先に知らせることが大切です。

車中泊での具体的な対策

車の中にいれば安全、というわけではありません。特に「匂い」には細心の注意が必要です。

  1. 駐車場所の選定
    • なるべく人里に近い、明るく管理された場所(RVパークや整備されたキャンプ場、道の駅など)を選びます。
    • 山奥のポツンとした駐車場や、出没情報がある場所の近くは避けるのが賢明です。
  2. 食べ物の管理(これが最重要!!)
    熊の嗅覚は犬以上に鋭く、食べ物の匂いに引き寄せられます。
    • 車内での調理: 匂いの強い料理(焼肉やカレーなど)は、できるだけ避けるか、調理後は窓を全開にして十分に換気します。
    • ゴミの管理: 食べ残しやゴミは、匂いが漏れないようビニール袋で何重にも密閉し、必ず密閉容器(クーラーボックスやRVボックスでOK)に入れます。車内にゴミ袋をそのまま放置するのは絶対にダメです!
    • 車外に物を置かない: 就寝時や車を離れる際は、クーラーボックスや食材、ゴミを絶対に車外に放置しないでください。
  3. 夜間の注意点
    • 寝る前に、車のドアが確実にロックされているか確認します。
    • 不用意に夜中に車外に出ない。トイレなどで外に出る際は、必ず周囲をライトで確認し、音を立てながら短時間で済ませます。
    • 枕元に、すぐに使える懐中電灯と、万が一の際に大声が出ないことも想定して「ホイッスル(笛)」を置いておくと安心です。

持っておきたいグッズ

正しい知識と準備が、安全な自然体験につながります
正しい知識と準備が、安全な自然体験につながります

私も、車中泊や山歩きの際には、以下のグッズを必ず携行しています。

  • 必須アイテム 1:熊鈴
    歩く時はもちろん、車中泊でも「ちょっとトイレに」という時にザックやベルトに付けて鳴らすクセをつけています。チリンチリンという高音が遠くまで響くものがおすすめです。
    私も実際に「TOPIKE 」の真鍮製の熊鈴を使っていますが、これは音が非常にクリアで遠くまで響く感じがします。そして、消音ができるので安心して持ち歩くことができます。
    [おすすめの熊鈴はこちらから]
  • 必須アイテム 2:ホイッスル(笛)
    熊鈴より遠くまで、緊急事態を知らせることができます。恐怖で声が出ない時でも、息さえあれば鳴らせます。車のキーなどに付けておくと良いですね。
    [おすすめのホイッスルはこちらから]
  • 必須アイテム 3:密閉容器(食品・ゴミ用)
    これは車中泊では絶対必要です。私は頑丈なRVボックス(蓋にロックがかかるタイプ)をゴミ&食品保管用に使っています。匂いを断つことが、熊を寄せ付けない最大の防御です。
    実は、熊が寄ってくるのは食べ物の匂いだけではありません。人間の「歯磨き粉」や「化粧品(日焼け止めなど)」のミント系や甘い香りも、熊にとっては興味を引く匂いになってしまいます。
    私も車中泊の際は、食べ物やゴミだけでなく、こうした匂いの出るアメニティ類も、寝る前は必ず密閉容器に入れて、車内の奥にしまうように徹底しています。
    [おすすめのドライバッグはこちらから]
    [おすすめの密閉容器はこちらから]
  • あると安心:熊スプレー
    これは「お守り」であり、「最後の護身手段」です。 使う事態にならないのが一番ですが、万が一、熊がこちらに攻撃の意図を持って突進してきた場合に、噴射して熊の目や鼻を刺激し、撃退するためのものです。
    ※注意点:
    風向きを考える必要があり、有効射程も短い(5〜10m程度)ため、使い方を事前に動画などでしっかり学んでおく必要があります。また、飛行機には持ち込めないので、旅行の際は現地調達かレンタルになります。
    [おすすめの熊スプレー(中型)はこちらから]
    [おすすめの熊スプレー(小型)はこちらから]

これらのグッズは、あくまで「遭遇リスクを下げる」ため、「万が一の際に身を守る」ためのものです。一番大切なのは、先ほど述べた「基本的な心構え」と「食べ物の管理」であることを、忘れないでくださいね。

私たち一人一人にできること

この大きな問題を前に、私たち一人にできることは小さいかもしれません。 でも、無力ではありません。私たちがすぐにでも始められる「3つのこと」があると思います。

  1. 正しい知識を身につける
    熊の生態や、なぜ今被害が増えているのか、その背景(森林問題や社会問題)について、正しい情報を学ぶこと。デマや感情的な「可哀そう」という意見だけに惑わされず、環境省や自治体、専門家が発信する一次情報をチェックするクセをつけたいですね。
  2. 自然に行く時は準備を怠らない(賢く恐れる)
    「自分だけは大丈夫」という根拠のない自信を捨てること。自然の厳しさを知り、「賢く恐れる」ことが大切です。出没情報を確認し、熊鈴や密閉容器などの準備を怠らない。それが自然に対する礼儀でもあります。
  3. 地域の取り組みを支援する(他人事にしない)
    ふるさと納税などを活用し、ジビエ(害獣駆除された鹿や猪など)の利活用や、里山保全に取り組む地域を支援することも、間接的に熊問題の解決に繋がります。 また、SNSなどで感情論を拡散するのではなく、こうした問題の背景や建設的な議論をシェアすることも、立派な支援だと思います。

小さなことでも、一人一人の行動や意識が積み重なれば、必ず未来は変わると信じています。

結論:この記事で伝えたかったこと

長くなってしまいましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

熊被害のニュースを見て、「可哀そう」と思うのは、とても自然で大切な感情です。 でも、私がこの記事で伝えたかったのは、その感情で思考停止するのではなく、一歩進んで、現場で苦しみ、恐怖の中にいる人々のことにも思いを馳せてほしい、ということ。

そして、「どうすれば、熊も人間も、これ以上不幸にならなくて済むのか」を、一緒に考えていきたい。

完璧な答えはありません。 でも、まずは事実を知り、背景を理解し、できることから始める。

それが、人間も熊も、双方が安全に暮らせる未来への、小さくても確実な一歩だと、私は信じています。

私と同じように車中泊や旅行で自然を楽しむ私たちだからこそ、自然との「本当の向き合い方」を、これからも考え続けていきたいですね。

あなたは、この記事を読んで何を感じましたか? ぜひ、コメント欄であなたの考えを聞かせてください。

プロフィール
この記事を書いた人
てつや

今年3月に定年を迎えました60代です。これからの人生を「やってみた!」の一言で埋め尽くしていこうと、小さな一歩を踏み出したところです。長年仕事に追われて先送りしていた興味や関心ごとを、少しずつ形にしていけたらと思っています。

SNSもブログも初挑戦。見よう見まねではありますが、日々の気づきや試みを綴っています。よろしければ、のぞいてみてください。【Update:2025/5】

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