皆さん、こんにちは!てつやです。
定年退職してからというもの、現役時代には流していたニュースや定説に、ふと立ち止まって考える時間が増えました。
特に最近、ネットニュースやビジネス書でよく目にする「日本の生産性は欧米に比べて低い」という言葉。皆さんも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。「ドイツやデンマークの労働者は、定時に帰るのに日本より稼いでいる」「日本人は無駄な会議が多くて効率が悪い」……。
そんな話を聞くたびに、私は「うーん、確かに効率は悪いかもしれないけれど、なんだか腑に落ちないな」という、言葉にできない「違和感」をずっと抱えてきました。
先日、そのモヤモヤを一気に晴らしてくれる、ある素晴らしい記事に出会ったんです。
『生産性=効率』という思い込みが生む誤解

これまで私は、生産性という言葉を単純に「どれだけ短い時間で、どれだけ多くの成果を出すか」という、いわゆる「効率の良さ」のことだと思い込んでいました。
そうなると、計算式は単純です。 「労働時間あたりの成果」が低ければ、それは能力が低い、あるいはやり方が悪いということになります。
でも、長年現場で働いてきた私の実感として、「日本人が他国の労働者に比べて能力的に劣っている」とは、どうしても思えなかったんです。 むしろ、私たちの周りには、世界に誇れるような「質の高い仕事」があふれているはずなのに。この矛盾が、私の中でずっと「説明できない引っかかり」として残っていました。
生産性の定義が違うと気づいた瞬間

そんな時、サイエンスライター・鈴木祐氏の記事を読みました。そこで語られていたのは、「生産性=単なる効率ではない」という視点です。
記事によると、近年の研究では、生産性の本質はもっと複雑なものとして捉え直されているそうです。特に驚いたのが、欧州などで語られる生産性には、単なるスピードだけでなく「質」の要素が強く含まれているという点。
つまり、日本の生産性が低いと叩かれる議論の多くは、この「定義」そのものがズレている可能性があるというのです。
「ああ、そうか。測り方が違っていたんだ!」
この記事を読んだ瞬間、長年の霧がパッと晴れるような感覚がありました。私たちは、自分たちが大切にしてきた「価値」を、全く別の物差し(単純な効率)で測られて、勝手に劣等感を抱かされていたのかもしれません。
数字に表れない『質』が日本の強みだった

振り返ってみれば、私が仕事人生で出会った素晴らしい同僚や後輩たちは、いつも「数字」には表れない部分に心血を注いでいました。
例えば、お客様からの要望に対する姿勢です。言われたことをただこなすだけなら「効率的」かもしれませんが、彼らはそれ以上の姿勢で臨んでいました。
私が現場で見てきた“質の高さ”は、どれも数字には表れません。
例えば──
- 要望を超える対応:
「これを実現したいなら、こっちの課題も解決しておいたほうがいいですよ」というプラスアルファの提案。 - 相手を思いやる連絡:
メールの文面一つとっても、相手が読みやすく、次のアクションを起こしやすい的確なタイミングと内容を心がけること。 - 先回りした配慮:
相手がまだ気づいていないリスクを網羅し、最終的な目的を達成するために動くこと。
これらは計算式の上では「余計な手間」と見なされるかもしれません。しかし、私の経験上、多くの同僚や後輩がこうした姿勢を持っていました。この積み重ねによって生まれた信頼関係を「生産性が低い」の一言で片付けてしまうのは、あまりに勿体ないと感じます。
これは私の趣味である「車中泊」にも似ています。目的地に最短で着くことだけが「旅の正解」ではありません。途中の景色を楽しみ、安全のために念入りに準備する「手間」こそが、旅の質を豊かにしてくれるのです。
ブログ運営でも効率より『思いやり』を大切に

この気づきは、現在私が挑戦している「ブログ」の運営にも大きな勇気を与えてくれました。
始めたばかりの頃は、「一刻も早く次の記事を書かなきゃ」と、どこか数字やスピードに追われていた部分がありました。でも、今回の件で確信しました。
無理に効率だけを追う必要はない。それよりも、読んでくれる方の負担を減らし、期待を超える「質」を届けることを大切にしよう。
読者の皆さんが「読みやすい」と感じる構成にする。自分が体験したからこそ言える、正直な感想を綴る。こうした「手間」こそが、ブログにおける本質的な生産性なのだと信じています。
もちろん、こうした「質」に時間を割くためには、パソコン操作などの「単純な作業」はどんどん効率化していく必要があります。そこは便利な道具やテクニックに頼ればいいのです。誰かの一助になる記事を書くためには、この「手間」こそが本質的な生産性なのだと信じています。
まとめ:自分たちの物差しで歩いていく

「日本の生産性は低い」という言葉に、もう過度に落ち込む必要はありません。
大切なのは、生産性には「質」や「環境」、そして「相手への思いやり」という側面があると理解することです。私たちが長年培ってきた、丁寧で誠実な働き方は、決して間違っていませんでした。
定年後のこれからの人生も、効率ばかりを追い求めるのではなく、自分の歩幅で、丁寧な「質」を積み上げていきたい。そんなふうに思っています。
皆さんも、もし「もっと早くやらなきゃ」と自分を追い込んでいることがあったら、ぜひ一度立ち止まってみてください。
あなたが時間をかけて注いでいるその「丁寧さ」が、誰かの安心や笑顔に繋がっているはずですから。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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