PR

市川市ギネス花火写真撤去問題|1件のクレームで消えた感動。素直に喜べる社会を取り戻すには【2025年10月話題】

市川市ギネス花火写真撤去問題|1件のクレームで消えた感動。素直に喜べる社会を取り戻すには【2025年10月話題】 雑記帳
このサイトはアフィリエイト広告(Amazonアソシエイト含む)を掲載しています。

皆さん、こんにちは!てつやです。

今年3月に定年を迎えた60代、「やってみた!」でこれからの人生を塗り替えていこうと、このブログにも挑戦中です。

さて今回は、ちょっと考えさせられるニュースについて書いてみようと思います。2025年10月中旬、千葉県市川市で起きた「ギネス認定花火の写真撤去騒動」です。

ギネス世界記録に認定された花火大会。その栄誉を祝って市役所に展示された美しい花火の写真が、たった1人のクレームで翌日には撤去されてしまった──。

このニュースを見たとき、私の中で何かがザワザワしました。「これ、会社員時代に何度も経験した理不尽と同じじゃないか」って。

最近読んだ仲山進也さんの『組織のネコという働き方』という本を思い出しながら、この騒動について考えてみたいと思います。

【事実確認】市川市で何が起きたのか

ギネス認定という快挙

2025年8月、千葉県市川市民納涼花火大会が「最も高い山型(形)の仕掛け花火」でギネス世界記録に認定されました。市民にとっては誇らしい出来事ですよね。

市は10月8日、その栄誉を讃えるため、市役所第1庁舎1階にギネス認定証と花火の写真を展示しました。

翌日、写真が消えた

ところが展示開始から1日後の10月9日、1人の市民から「プロ写真家の作品を名前入りで掲示するのは宣伝につながりかねない」というクレームが入りました。

すると市は、写真を撤去。認定証だけが展示されることになったのです。

写真家はボランティアだった

この写真を撮影したのは、「Shun Shirai」の名前で活動するプロ写真家の白井俊一郎さん(53歳)。白井さんは市の依頼を受けて、ボランティアで花火を撮影し、写真を無償で提供していたそうです。

市によると「展示はギネス認定証を見ていただくのが目的。不快と感じた人がいた以上、写真は差し替えるべきだと判断した」とのこと。

一方、白井さんは「不可解で戸惑うばかり。大変残念」と語り、「いわれなき抗議に毅然と対応できないようでは、市の芸術展にも悪影響が出るのではないか」と懸念を表明されました。

この報道後、市には「なぜ撤去したのか」という問い合わせや抗議が複数寄せられているそうです。


【私の気づき】これ、会社員時代の理不尽と同じでは?

正論が通らない組織の現実

このニュースを見て、私が真っ先に思い出したのは、会社員時代に何度も経験した「理不尽な瞬間」でした。

自分では正しいと思っている。データも揃っている。お客様のためにもなる。でも、トップの一言で方針が変わる。「リスクがある」「前例がない」「今はそのタイミングじゃない」──。

理由はいろいろでした。でも結局、自分の想いよりも、組織の論理が優先される。どんなに正論を唱えても、気持ちに折り合いをつけて、引き下がらざるを得ない。

あの感覚と、今回の騒動。何か似ていませんか?

「組織のネコ」として生きてきた私

実は最近、仲山進也さんの『組織のネコという働き方』という本を読みました。

この本では、組織の中で生きる人を「イヌ・ネコ・ライオン・トラ」の4タイプに分類して説明しています。イヌ型は組織に従順で、言われたことを忠実にこなす。一方、ネコ型は指示やルールに縛られず、自分の世界を大切にしながら、組織とも関わっていく働き方。

私は完全にネコ型でした。

組織の一員として働きながらも、心の中では「自分はこう思う」という軸を持ち続けてきました。だから、理不尽な決定に対しても、表面上は従いつつ、心の中では「でも、これは違うんじゃないか」とモヤモヤを抱え続けていたんです。

このブログがネコ型の証明

定年を迎えて、このブログを始めたのも、まさに「ネコ型」の行動そのものです。

誰かに言われたわけじゃない。会社の指示でもない。自分の興味と「これを伝えたい」という使命感から始めた挑戦。これが『組織のネコという働き方』でいう「自分の世界を築く」ということなんだと、今回改めて実感しました。

だからこそ、今回の騒動が余計に納得できないんです。


【考察】市役所の判断を考えてみる

組織の中の人の苦悩

白井さんも、市役所の担当者も、きっと「ネコ型」だったんじゃないかと思うんです。

白井さんは、自分の写真技術を使って、市民の喜びに貢献したかった。市の担当者も、ギネス認定という快挙をみんなで祝いたかった。でも、組織の論理が、その想いを封じ込めてしまった。

「似て非なるもの」なのか?

ここで考えてしまうんです。会社員時代に経験した理不尽と、今回の騒動は、本当に同じなのか?それとも「似て非なるもの」なのか?

会社は営利組織です。利益を追求し、リスクを避けるのは、ある意味当然です。でも、市役所は違います。市民のため、公共の利益のために存在している組織です。

だとしたら、たった1人の「不快」という声に、即座に従うのが正しい判断だったのでしょうか?

多くの市民が喜び、感動を分かち合いたいと思っていたはずです。その「多数の喜び」よりも、「1人の不快」を優先する。これは本当に「公共の利益」なんでしょうか?

行政が置かれた厳しい立場も理解できますが

もちろん、今の行政が置かれている立場も理解できます。

SNSで一瞬で拡散される時代。小さなミスが大炎上する。議会で追及される。訴訟リスクもある。だから、少しでも火種があれば、消しておきたい。

でも、それでは何も生まれません。文化も、喜びも、感動も。すべてが「リスク」という言葉で潰されていく。

私が会社員時代に感じていた理不尽も、結局はこれと同じ構図だったんだと、今になって気づきました。


【問題点】失われつつある「素直な喜び」

善意が報われない社会の息苦しさ

今回一番気になったのは、善意で協力した白井さんの気持ちです。

ボランティアで撮影して、無償で写真を提供して、市民のみんなと喜びを分かち合いたかった。それなのに、自分の名前が入っていたというだけで「宣伝だ」と言われて撤去される。

これ、「ネコ型」の人間が一番傷つくパターンなんですよ。

自分の世界を大切にしながら、それを誰かのために役立てようとした。でも、組織の論理でそれが否定される。「あなたの善意は迷惑です」と言われたようなものです。

60代だから見えること

定年を迎えて、組織から離れた今だから見えることがあります。

会社員時代は「これが組織ってものだから」と自分に言い聞かせて、諦めていました。でも、本当にそれでいいんでしょうか?

私たちの世代は、高度成長期からバブル、そして失われた30年を経験してきました。組織に尽くし、理不尽にも耐えてきました。でも、その結果、社会はどうなりましたか?

素直に喜べない。善意が萎縮する。みんなが顔色を伺う。そんな社会になってしまったんじゃないでしょうか。

定年後世代が声を上げる意味

だからこそ、私たち定年後世代が声を上げる意味があると思うんです。

もう組織のしがらみはありません。失うものもありません。だったら、「これっておかしいんじゃない?」って、素直に言えるじゃないですか。


【提案】素直に喜べる社会を取り戻すために

小さな「ありがとう」を声に出す

私たち一人ひとりができることは、まず善意や努力に「ありがとう」と声を上げることだと思います。

このブログだって、そうです。誰かに読んでもらって、「役に立った」「面白かった」と言ってもらえたら、それだけで続ける力になります。

白井さんのような善意の行動に対して、「素晴らしい」「ありがとう」という声をもっと届けていく。批判の声ばかりが大きくなる世の中だからこそ、称賛の声も同じように大きくしていかないと。

「ネコ型」の生き方を応援し合う

『組織のネコという働き方』で学んだのは、ネコ型の人間は一人じゃないということです。

自分の世界を持ちながら、社会と関わっていく。そういう生き方をしている人は、実はたくさんいます。そして、お互いを応援し合うことで、もっと生きやすい社会になっていく。

今回の白井さんも、ネコ型の挑戦だったと思います。それが潰されてしまった。でも、私たちが応援の声を上げ続ければ、次の挑戦を後押しできるんじゃないでしょうか。

実践!明日からできる3つのこと

具体的に、私たちが明日からできることを3つ提案します:

1. SNSで善意の行動をシェア・称賛する
誰かの善意を見つけたら、「いいね」を押すだけでなく、「ありがとう」のコメントを残す。小さな一言が、本人の励みになります。

2. 地域のイベントやボランティアに「感謝」を伝える
花火大会、お祭り、清掃活動。誰かが汗を流してくれています。「ありがとうございました」と一言伝えるだけでいい。

3. 自分の「やってみた!」を発信する
このブログのように、小さな挑戦を発信していく。それ自体が、誰かの背中を押すことになります。

行政にも「喜びを守る勇気」を求める

そして、行政の方々にも伝えたいです。

リスク管理は大事です。でも、すべてをリスクで測ってしまうと、何も残りません。時には「多くの市民の喜び」を優先する勇気を持ってほしい。

1人のクレームがあったとき、「他の多くの市民はどう感じているだろう?」と考えてほしい。そして、対話する努力をしてほしい。

完璧な判断なんてありません。でも、「喜びを守ろうとした」という姿勢は、きっと市民に伝わります。


【まとめ】定年後だからこそ、声を上げていく

市川の夜空を彩った花火のように、私たちの社会にも、もう一度、明るい光を灯したいですね。

この騒動を見て、私は改めて思いました。定年を迎えて、組織から離れた今だからこそ、「おかしいものはおかしい」と声を上げていこうと。

『組織のネコという働き方』で学んだのは、ネコ型は孤独じゃないということ。自分の世界を築きながら、お互いを応援し合えるということ。

このブログも、そんな「ネコ型」の挑戦です。誰かに言われたわけじゃない。自分の「これを伝えたい」という想いから始めた。

善意や挑戦が報われる社会であってほしい。素直に喜べる社会(または「時代」)になってほしい。そう願いながら、私も小さな「ありがとう」を伝え続けていこうと思います。

60代の初心者ブロガーの独り言(ひとりごと)かもしれません。でも、同じように感じている方がいたら、ぜひコメントで教えてください。一緒に、小さな一歩を踏み出していきましょう。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、また次の記事でお会いしましょう!


【書籍紹介】『「組織のネコ」という働き方』

今回の記事で何度も触れた、仲山進也さんの『「組織のネコ」という働き方』。定年を迎えた方、組織での働き方に悩んでいる方に、ぜひ読んでいただきたい一冊です。

書籍の要約

「組織のネコ」とは、指示やルールに縛られず、自分の価値観や納得感を大切にして働く人のこと。著者・仲山進也氏は、組織内の人材を「イヌ・ネコ・ライオン・トラ」の4タイプに分類し、従来の“忠犬型”から脱却し、自分らしく働く「ネコ型」「トラ型」の可能性を提案しています。

この本は、従来の組織人像に違和感を持つ人に向けて、より自由で自分らしい働き方のヒントを提示する一冊です。

おすすめポイント

✅ 1. 自分の働き方がどのタイプだったのかに気づける
「社畜=イヌ型」だけじゃない!自分の働き方に名前がつくことで、モヤモヤがスッキリします。

✅ 2. 組織に縛られない働き方のヒントが満載
「半径5メートルの人に200%満足してもらう」など、ネコ型の仕事術が実践的で面白い。

✅ 3. 定年後・セカンドキャリアにも刺さる
「社命より使命」で動くトラ型の生き方は、定年後の挑戦にもぴったり。自分らしい働き方を再構築したい人におすすめ。

✅ 4. 読後に「自分の働き方年表」を作りたくなる
ネコ型・トラ型の視点で過去を振り返ると、人生の意味づけが変わります。

私と同じ60代の方にこそ、読んでいただきたい本です。長年抱えてきたモヤモヤの正体が、きっと見えてくるはずです。

▼気になった方はぜひチェックしてみてください。

※この本を読んで、あなたも自分の「ネコ型」の部分を発見してみませんか?

プロフィール
この記事を書いた人
てつや

今年3月に定年を迎えました60代です。これからの人生を「やってみた!」の一言で埋め尽くしていこうと、小さな一歩を踏み出したところです。長年仕事に追われて先送りしていた興味や関心ごとを、少しずつ形にしていけたらと思っています。

SNSもブログも初挑戦。見よう見まねではありますが、日々の気づきや試みを綴っています。よろしければ、のぞいてみてください。【Update:2025/5】

てつやをフォローする
雑記帳
シェアする
てつやをフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました